2022年11月18日
第200回
病院開設の志を想い起こす。
 女心と秋の空と言うように秋の天気は変わり易いはずですが、今年の秋はこの所ずっと清々しい晴天が続いています。長期予報では今年も夏の暑さから直ぐ冬の寒さが来ると言っていましたので心地良い方に外れたと言うことのようです。お陰でゴルフも此処何週間か絶好のコンデションで出来ています(成績は何時も爽快とはいきませんが・・・)。

 さて、この理事長コラムも回を重ねて今回で200回となりました。2006年の4月以来16年8カ月、院長コラムも含めれば足掛け18年一度も休まずに書き続けたことになります。
 中には上手く書けた秀作だと思うものもありましたが、ほとんどは大した出来でもない駄作ばかりです。それでも、内容はともかくとして月1回とは言え一度も飛ばさず書き続けたことには我ながら良くやったと自分を褒めてやりたい気持ちです。

 今回は200回記念コラムとして、星ヶ丘マタニティ病院の開設当初を思い起こし、当時の心意気を振り返り、今後の糧にしたいと思います。

 生命の誕生!それは壮大な人生の夢とロマンの始まりです。私はこの厳粛で感動のドラマの一助を担うことが出来る職業を選んだことに喜びを感じ誇りに思っています。
 この感動のドラマは大げさに言えば、女性にとって一生に二度か三度の命を懸けた大事業です。だから患者さんが医療面でもアメニティの面でももっと優遇されるべきなのに、患者さんの意思はほとんど無視され、我慢ばかり強いられている。私は大学病院の勤務医でしたが当時のこのような産科医療の在り方に疑問を持ち続けていました。
 この現状を打破したい。あくまで患者さんが主役の、より安全でしかも快適な周産期のドラマを演出できるような、患者さん本位の病院を作りたい。
 私の途方もない夢はどんどん膨らんでいきました。それには自分がトップになって思い通りに立案、実行するしかないと決意し、患者さん不在の産科医療に挑戦すべく、ただ純粋に、かなり無謀に
 「患者さんに優しい理想の周産期病院の確率」を目指して夢とロマンがいっぱい詰まった「星ヶ丘マタニティ病院」開設を決断しました。
 そこまでは良かったのですが、開院後は資金不足、人不足、それにもまして経験不足、また同業医師の揶揄もあって、しばらくは難題山積、難行苦行の連続で幾多の紆余曲折が続きました。
 やがて患者さんの絶大な支持を得て、私のこの理念は広く世間に認められるようになり、現在の産科医療の先鞭をつけたと自負しています。
 しかしながら、その後の数十年の間に産科に関する医療事情は随分変りました。その新たな周産期医療の在り方を先取し、一方で増大する患者さんのニーズにも対応できるように研鑽と努力を続けなければなりません。
 これからの件については若い世代の後継者たちにぜひ達成してもらいたいと望んでいます。私ももうひと踏ん張りしたいところですが、正直言って年ですので、これからは高見の見物をさせてもらいたいと切に願っています。(甘いかな・・・)